その昔、ヨーロッパの小さな山あいの城下町にジレットさんと言う5つ星のアイスクリーム職人がいました。石畳みの美しい小さなその町には、服を作る人、靴を作る人、家を作る人、色々な職人さん達とその家族が沢山住んでおり、昼は子供、夜は大人達で賑わう健やかな城下町でした。ジレットさんはお店でアイスクリームを作っては自転車に乗ってお店に配達したり公園や、昼下がりを楽しむ場所でアイスを売ったりしていました。

ジレットさんは日曜になると教会や礼拝堂などの周辺で、きちんと挨拶やお祈りをしたご褒美として子供たちにアイスを馳走するのがジレットさんの日課でした。昔から毎週教会の日曜礼拝には欠かさず必ずアイスを配っていたので、この町の住人は大人になっても皆アイスクリームが大好き！特にジレットおじさんのアイスは子供の頃から食べている町のソウルフードで、そのクラシカルな味わいは皆が大好きなアイスの原点でした。

ある夏の日、南の港町からピカロムと言う少年が妹とお母さんと3人でジレットおじさんの家の近所に引っ越して来ました。ピカロムはとてもいたずらっ子で、ネズミ捕りのわなで妹のピヨネッタの足を挟んでしまうし、友達と一緒にお風呂に入ると後ろから小便を掛けて大爆笑したり、近くの家のおしゃべりする鳥に「ちんちん」と言う言葉を憶えさせようと企てたりして皆を困らせていました。

ピカロムは、たまにジレットさんに会ってもちっとも挨拶をしませんでした。だけどジレットおじさんが飼っている黒猫のナルフとはとっても仲良しでした。ナルフは近所の人から「あくたれナルフ」と密かに呼ばれていました。すぐに「シャーッ」と威嚇するからです。そんなナルフがピカロムを見ると後を追いかけます。それをジレットおじさんはいつも不思議だなと思っていました。それもそのはず、ピカロムはナルフに生肉を上げていました。「ニャムニャム」と言いながらナルフは美味しそうに食べていたそうです。

今日は日曜日、妹のピヨネッタと母のアンナマリーは日曜になるといつも近くの教会に礼拝に行っていました。ピカロムは1時間も2時間も教会でじっとしているのが嫌で、一度しか行った事がありません。でも今日は母のアンナマリーが用事で行けないのでピカロムがピヨネッタを連れて教会に行くことになりました。手を繋いで教会へ向かうピカロム。ですが心の中ではどうやってさぼろうか考えていました。

ジレットおじさんはいつもと同じように子供たちのアイスを持ってナルフと一緒に教会へ向かっていました。教会前の芝生の広場に自転車を止めて準備をしていました。その日はとても風が強い日で日除けのパラソルが飛んでしまいそうになり、ジレットおじさんが慌ててパラソルを押さえました。その瞬間、どこからともなく現れた黒い犬がパラソルの横にいたナルフに襲い掛かりました。「ガルルッ」「シャーッシャー」ナルフは慌てて身をひるがえし逃げ出します、しかし広場の横を流れる川に落ちてしまいました。

溺れるナルフ、流されています。山の雪解け水で冷たくなった川、流れもあります。ジレットおじさんが大きな声でナルフを呼んで川沿いを追いかけますが、ナルフは水面をもがいて溺れていました。一つの命がもくずになろうとしていました。でもその時、その日一番大きな風が吹き、風の音と一緒に誰かが風のような速さで川に飛び込みました。「バッシャーン」水しぶきを上げ水面から出した顔はピカロムです。ピカロムは一直線にフルスピードでナルフに向かって泳ぎました。そう、ピカロムは港町のレぺゼン、泳ぎは大得意です。死にそうなラルフを抱え間一髪で助け出しました。